大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和45年(う)1485号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官吉永透作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意は、法令の解釈、適用の誤を主張するものである。

所論は、要するに、原判決は、「被告人は、日本社会党大阪府本部書記で日本社会主義青年同盟(以下社青同と略称)大阪地区本部委員長であるところ、昭和三九年一一月二七日、全大阪青年婦人学生共斗会議(以下全青婦と略称)主催のもとに原潜反対等を標榜し、大阪市天王寺区玉水町一番地天王寺公園内大阪市立音楽堂前から同区逢坂下之町八番地同公園北口、同区下寺町二丁目、同市浪速区日本橋筋三丁目の各交さ点を経て、同市浪速区蔵前町大阪球場に至る間に行なわれた集団示威行進に、全青婦傘下の労組員、学生等約三、一〇〇名とともに参加したものであるが、右行進には、大阪府公安委員会からジクザグ行進をしないこと等の許可条件が付せられていたにもかかわらず、被告人は、右条件に違反して、同日午後七時五六分頃、同市浪速区日本橋筋三丁目交さ点東側から同交さ点西側に至る間の同交さ点の軌道ならびに車道上を、社青同員山下勝巳ら約六〇名とともに、ジクザグ行進を行ない、もつて大阪府公安委員会が付した許可条件に従わなかつたものである。」との本件公訴事実を認定しながら、昭和二三年大阪市条例七七号行進及び集団示威運動に関する条例(以下単に市条例と略称)が付し得る許可条件について、独自の限定解釈、すなわち、市条例により条件を付し規制し得る行為は、集団行動の行なわれる際、群集の無秩序、又は暴行に起因して地方の一般公衆に対し、直接危険が及ぶような行為に止まるものとしなければならないものであるとの前提にたち、市条例の許可条件にいうところのジクザグ行進とは、一般公衆に対して直接危害を及ぼすおそれのあるジクザグ行進という意味に解釈するのが相当であるところ、本件ジクザグ行進は、その規模、振幅、速度、気勢の程度等を総合すると、比較的穏やかなジクザグ行進というべきであつて群集の無秩序、又は暴行により、一般公衆に対し直接危害が及ぶおそれのある程度に達していると認めることができず、したがつて、被告人の行為が大阪府公安委員会の付した許可条件に違反したことの証明がないとして無罪の言渡しをした。しかし、本件許可条件の解釈については、表現等の自由を保障する憲法二一条と、公共の福祉保持の見地からその濫用を戒め制約する憲法一二条、一三条の関連性を考慮したうえ、さらに集団行動および集団によるジクザク行進の本質にかんがみると、集団によるジクザク行進は、すべて、一般公衆に対し多大の迷惑や危害を及ぼす抽象的危険、すなわち公共の安全を害する危険性を有することを否定しうるものでないのに、前記のごとくジグザグ行進の範囲を制限的に解釈し、本件行為が右限定された許可条件に違反することの証明がないとして被告人を無罪とした原判決は、結局、本件許可条件の解釈適用を誤つた結果、同条件によつて、補充される市条例五条の解釈適用を誤つたものであり、右誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるからこれを破棄し、さらに適正な判決を求める、というのである。

よつて検討するに、大阪府公安委員会が市条例に基づいて本件集団行動を許可するにあたり付した条件のなかに、ジクザグ行進等の禁止条項のあつたことは証拠上明らかであるから、所論にしたがいジクザグ行進について検討することとする。

ジクザグ行進とは、その原語「Zigzag」が示すごとくZ字型に左右に振幅しながら蛇行進することであるところ、集団が集団としてジグザグ行進をする場合、その人数、速度、隊列、振幅の大小、回数、気勢の強弱その他の諸条件により差異はあるけれども、それが通常の進行方法や道路使用方法と異なり、交通秩序を乱したり、交通妨害を来すおそれのある行為であることは否定し難いところであり、また集団自体が多数人の集合体、意思力の結集によつて支持されていることから、滞在的な一種の物理的力を保有しており、平穏静粛な集団であつても、突発的な内外からの刺激、せん動等によつて時に昂奮、激昂の渦中に巻き込まれ、甚だしい場合には、一瞬にして収拾できない混乱におち入り、無秩序又は、暴行等に発展する危険性を内包するものであること、公安委員会は市条例四条三項により、行進若しくは集団示威運動の許可には、群集の無秩序、又は暴行から一般公衆を保護するため、その必要と認める適当な条件を付することができること等にかんがみると、市条例に基づいて付せられた本件許可条件の趣旨は、集団行動がそのあるべき姿、すなわち行進を平穏に秩序正しく行ない、集団行進中に、いささかでも一般公衆に対し迷惑を及ぼすような行為(許可条件一項)とか、危険を及ぼすような行為(同二項)をなからしめんとするための予防的な規制措置であることが明らかというべきところ、右許可条件二項の「こん棒、竹棒、石などを携帯して参加しないこと、また行進中旗竿、プラカードなどを支えにしてスクラムを組み、またはこれらを隊列外で振りまわすなど一般公衆に対し危険を及ぼすような行為をしないこと、さらにたいまつなど裸火を使用しないこと」については、その行為の規模、態様等について、これを制限的に解しなければならない根拠がないと同様、右許可条件一項のジクザグ行進も、集団によるすべてのジグザグ行進を指称するものと解するのが相当である。したがつて、原判決が右許可条件のジクザグ行進を、一般公衆に対し直接危害を及ぼすおそれがある程度に達したジクザグ行進のみに限られるとし、ジグザグ行進の範囲を制限的に解釈したのは誤であるというほかない。

ところで、右解釈の誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるかどうかを検討するに、原審で取り調べた証拠によれば、本件起訴にかかる被告人らのジグザグ行進は、大阪市浪速区日本橋筋三丁目交差点東側から西側にいたるまでの約二〇数メートルの間においてなされたものであつて、右交差点では、昼夜間を通じ交通頻繁であるけれども、ジクザグ行進したその距離は上記のごとく比較的短かく、時刻もすでにラツシユ時をすぎるころであつたこと、横断に際しては同交差点の「進め」の信号に従い、社青同員山下勝巳ら約六〇名と共に(この社青同梯団は、約三、一〇〇名によりなる集団の中央部あたりを行進)道路使用許可条件に定められた経路、通行区分を変更することなく、四列縦隊の隊列のまま互いに腕、肩等を組み、被告人の誘導で歩くよりは少し早い速度で掛声をかけながらジグザグ行進を行ない、交差点の西側に達するや、直進状態にもどつていること、その間、前後三回に亘りジクザグ行進を行なつたけれども、これに要した時間は約二、三分間にすぎず、ジグザグの振幅も北側が交差点中央付近まで程度のもので大きいものでもなかつたこと、右交差点(十字型であつて、そのうち東側道路は、東行の一方通行となつている。)における当時の交通状況は、西から来た車輌が右折(南行)するため待機していたものが一四、五輌あつたが、通行人はさほど多くなく、ジグザグ行進によつて特に交通秩序に著しい障害、危険等をもたらしたという程のこともなかつたこと、被告人ら約六〇名の社青同梯団員がただ徒らに気勢をあげ、そのために集団自体の自己統制力に弛緩を生じ、通行車両や通行人と衝突、接触するなど無秩序、又は暴行等の越軌行動にまで発展するおそれがある状態ではなかつたことが認められる。

してみると、被告人の本件行為は、外形的には市条例五条の「公安委員会が付した条件に従わなかつたもの」に該当するものということができるけれども、本件ジグザグ行進はその規模、速度、隊列、振幅、気勢、当時の交差点における交通状況等を総合考察すると、比較的穏やかなものの部類に属すること、および集団示威行進そのものは、表現の自由として憲法上保障されていることをあわせ考えると、社会の通念上、これに臨むに敢えて刑罰を加えなければならない程の違法性を具有するものとは考えられず、いわゆる可罰的違法性がない場合とみるのが相当であり、結局、市条例五条違反の犯罪は成立しないものである。

してみると、原判決が前記のごとくジグザグ行進の範囲を制限的に解した点については当裁判所は賛同することができないけれども、結局、被告人に対し刑事責任を問わなかつたのは相当であつて、論旨は理由がなきに帰する。

よつて、刑事訴訟法三九六条を適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例